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2007年10月15日月曜日

先日起こった自殺ほう助殺人事件を考える

 携帯電話で自殺の手助けをし、二十歳の派遣社員を殺してしまった事件を自分なりに分析してみた。果たしてこれは,単純な殺人事件で終わらせていいのだろうか。根本的に社会情勢が生んだ歪みではないだろうか。と思えるのは、自殺を頼んだ二十歳の派遣社員にしても,地方から出てきて自分のポジションに疑問を抱いて将来に絶望を感じた結果,携帯の自殺サイトにアクセスしたものと思えるのだ。このことは,自閉的に追いつめられた個人が見えてくるが、頼る家族や友人よりも携帯のサイトに頼ってしまったことである。もちろん,携帯のサイトの自閉的なアクセスにも問題はあるが、彼女は,仕事、将来の希望に絶望していった果ての結果になってしまった。派遣の仕事に就いたものの,展望がないと感じてしまったのだろう。
 死に至るまでになったことは、今の社会情勢にはないのだろうか。企業の都合のいい人の扱い方に派遣社員は犠牲になっている。派遣社員は、ていコストで働き、日常の生活を貧窮しながら生活し、派遣会社を経営する経営陣は,空前の利益を得ている実態は何だろう。団塊の世代が退職になる時代になっただけで、政府は景気が好調になった,就職率が高いとアピールしているが、ただ単に,働き手の人数の絶対数が足りないだけなのである。その前の不景気のときに,会社を維持するためにリストラと減収を行った結果もこのようになったのだろう。会社を維持するために国際化をグローバル化ということを隠れ蓑にした結果なのかと思えて仕方がない。海外に人件費の安い生産コストを求め、生産や業務を映した企業の責任は大きいし、国を大企業はどう考えていたのだろう。会社が存在しなければ、社員は成り立たないと考えて、その保護のために生産コスト等を他に映したのだろうか。そのようなことは存在しない様な気がする。古い考え方なのだろうが,人がいなければ国はなくなるのである。生産コストのみの追求は大企業からの判例となり,中小企業もそのように習い今の様な結果になってきた。そのような中で,彼女の様に都合のいい使われ方をする人間がいる。
 今や一流企業でも,都市銀行でも派遣社員がいなければ仕事が成り立たないし、行政機関でもその占める割合は大きく、一斉に辞めてしまったらば、この社会の機能は成り立たなくなってしまうのである。企業の都合でこのような都合のいい状態になっているが、仕事とはいったいなんだろうかを真摯に考えなければならないことなのである。
 また,殺人ほう助をした人物の方は,社会の中で、どのような立場だったのであろうかを考えてみなければならない。結婚をしていて,子供が一人いた家庭を持っていた人物である。仕事もしていたようだが、採算の取れない仕事をしていて、生活もままならなくなり、このようなサイトを開き,お金を得ることを考えだしたのだろう。もちろん、何百万の借金があり、困っていたのだろう。30歳の年齢で仕事を変えることは大変なことだろうと思われる。この世代は、就職難時代の年齢で一番,社会に対して懐疑的になっている世代だ。そのような社会情況の中でこのような事件が発生してしまった。
 サイトを開いて,睡眠導入剤が手に入る環境があり,そのものが売れた時からこの人物の人生が変わってしまった。千葉で仕事をしているが、仕事がなく貧窮に追い込まれたところに地方と中央の格差が生まれてしまったのだろう。千葉は,東京に近いが、そのような地方としての格差は,地域によって,人によって生まれてしまう。ただ単に,地方と都会の格差社会だけでは済まされないことなのである。
 サイトにハマってしまい、アクセスの件数があると何か出来る様な気がしてしまうが、それは妄想であるし,そのサイトを発するサイト運営者のモラルが基本的な根幹にあり,そのような中でサイトは成り立っているのが基本的な考え方だが、得てして陥ってしまうのは、サイトのアクセス数を増やすためにモラルを超えてしまうことだ。してはいけないことをしてしまうのは、個人的なモラルでしか成り立たない。しかし、興味を持たせるために過剰な言葉を選んでしまうのも,そのような人間の性なのだろう。
 社会環境の中で,生活に追い込まれた人間が一線を越えた結果がこのような悲惨な結果を招いてしまった気がしてならない。社会のモラル、個人のモラルが生んだものなのだ。根本的な社会構造を正していかなければこのような事件は、無限の様に発生していく気がしてならない。
 ただ一言いえることは,この事件は,殺人ほう助ではなく,立派なお金目的の殺人事件で、殺人の手助けをしたことではない。自分自身以外に自分の命を絶つ権利は、誰にもないからである。

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